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	<title type="text">Super源さんの音楽ブログ</title>
	<subtitle type="html">作詞・作曲、名曲のご紹介、その他音楽にまつわることを、ペンペンと書いていきたいと思います。</subtitle>
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	<updated>2008-10-30T16:05:11+09:00</updated>
	<author><name> Super源さん</name></author>
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		<published>2013-05-21T19:49:16+09:00</published> 
		<updated>2013-05-21T19:49:16+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「君をのせて」- 名曲のご紹介</title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、沢田 研二の「君をのせて」のご紹介です。<br />
<br />
沢田 研二(さわだ けんじ、本名：澤田 研二　1948年6月25日 -)は、鳥取県鳥取市生まれ、京都府京都市出身の歌手、俳優、作詞・作曲家です。ニックネームはジュリー。妻は女優の田中裕子。前妻は元ザ・ピーナッツの伊藤エミ。<br />
<br />
<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/454/" target="_blank">沢田 研二</a>は、1971年11月1日に「君をのせて」でソロデビューをします。<br />
オリコン最高位は23位どまりでしたが、この曲がGSの先輩であった「ザ・ワイルドワンズ」の加瀬邦彦プロデュースのもと、十数年にわたって音楽ランキングトップ10にチャートインし続けた沢田のソロ活動のスタートでした。<br />
<br />
1973年4月21日に「<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/483/" target="_blank">危険なふたり</a>」を発売。この曲は65万枚を売り上げ、ソロ初のオリコン1位を獲得し、第4回日本歌謡大賞を受賞します。<br />
続いて翌年の1974年には、「追憶」が58万枚を売り上げ、2曲目のオリコン1位を獲得します。<br />
<br />
今日は、ソロデビュー曲である「君をのせて」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/LLfw9AaBlDI" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
君をのせて／沢田研二]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
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		<published>2013-05-20T19:56:06+09:00</published> 
		<updated>2013-05-20T19:56:06+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「あなたに会えてよかった」- 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、小泉 今日子の「あなたに会えてよかった」のご紹介です。<br />
<br />
小泉 今日子（こいずみ きょうこ、本名：同じ、1966年2月4日 -）は、神奈川県厚木市出身の歌手・女優です。愛称はキョンキョン(KYON2)。<br />
<br />
小泉 今日子は、1981年1～3月に、日本テレビ系のオーディション番組「スター誕生!」に出場し、<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/480/" target="_blank">石野真子</a>の「彼が初恋」を歌って合格します。<br />
<br />
そして、1982年3月21日に「私の16才」でアイドル歌手としてデビュー。<br />
その後、「素敵なラブリーボーイ」「ひとり街角」「春風の誘惑」「まっ赤な女の子」と、ヒットを飛ばしていきます。 <br />
<br />
1985年に発売された曲、「なんてったってアイドル」は、曲中で、自らをアイドルと称する斬新さが話題になります。<br />
<br />
1989年には、自身のアルバム「KOIZUMI IN THE HOUSE」で、当時はまだあまりメジャーではなかったハウスミュージックを取り入れたことで、話題を呼びます。<br />
<br />
また、小泉 今日子の同期には、堀ちえみ、三田寛子、石川秀美、松本伊代、早見優、中森明菜、シブがき隊などがおり、「花の82年組」の1人でした。<br />
<br />
今日は、そんな小泉 今日子の多くのヒット曲の中から、1991年5月21日に発売された通算32枚目のシングルである「あなたに会えてよかった」をどうぞ。 <br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/9grYb61kBPE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
あなたに会えてよかった／小泉 今日子]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<published>2013-05-20T18:58:59+09:00</published> 
		<updated>2013-05-20T18:58:59+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「望郷」- 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、山崎 ハコの「望郷」のご紹介です。<br />
<br />
山崎 ハコ(やまさき はこ、本名：安田 初子(やすだ はつこ、旧姓・山崎) 1957年5月18日 -)は、大分県日田市出身の歌手、シンガーソングライター、女優、文筆家です。<br />
<br />
山崎 ハコは、横浜学園高等学校在学中、コンテストに出場したのがきっかけとなり、1975年にアルバム「飛・び・ま・す」で歌手デビューをします。<br />
150cmあるかないかの、小柄で痩せた体からは想像できないパワフルな声量・表現力の豊かな歌唱と、暗く鋭く愛から社会をえぐる内容の歌詞で、デビュー当時、山崎 ハコは<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/424/" target="_blank">中島みゆき</a>のライバルと言われます。<br />
<br />
1975年12月、TBSホールの「パック祭」』に出演。大反響となった山崎 ハコは、TBS「パックインミュージック」を中心に、“深夜放送のマドンナ”の異名をとります。<br />
<br />
女性フォークシンガーとして活躍する一方、エッセイ執筆、演劇出演などの多彩な活動を行ない、現在も全国のライブハウスを渡り歩くなど、精力的な活動をしている山崎 ハコ。<br />
<br />
今日は、1975年10月01日に発売されたアルバム「飛・び・ま・す」から「望郷」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/bpoLRvHCFMY" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
望郷／山崎ハコ]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/489/" />
		<published>2013-05-19T22:44:36+09:00</published> 
		<updated>2013-05-19T22:44:36+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「バレンチノ インフェルノ」- 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、浅野 ゆう子の「バレンチノ インフェルノ」のご紹介です。<br />
<br />
浅野 ゆう子(あさの ゆうこ、本名: 赤沢 裕子、1960年7月9日 -）は、兵庫県神戸市の女優、歌手です。<br />
<br />
浅野 ゆう子は、当初アイドル歌手としてデビューし、「ジャンプするカモシカ」をキャッチフレーズに活動します。<br />
<br />
デビュー曲は、1974年05月25に発売された「とびだせ初恋」です。<br />
その後、「恋はダン・ダン」「ひとりぼっちの季節」とシングルを発売していきます。 <br />
<br />
が、当時の女性アイドルは小柄であることが好ましいとされており、浅野ゆう子のように長身で日本人離れしたプロポーションのアイドルは珍しい存在でした。くわえて、ミニスカートやホットパンツなどでスタイルを強調していた浅野ゆう子は女性からの反撥を受けたこともあり、アイドル歌手としてはうまくいきませんでした。<br />
<br />
そんな中、1976年04月25日に発売された8枚目のシングル「セクシー・バス・ストップ」が大ヒット。浅野ゆう子自身最大のヒット曲となります。<br />
<br />
歌を実質休業状態になった1980年代からは、様々な会社の水着キャンペーンモデルなど企業広告で活躍。ただし、水着での初出は1979年（昭和54年）のカネボウ化粧品ＣＦ「一気にこの夏チャンピオン」からで、1981年の洋酒の悩殺ポスターは、世の男性の目を楽しませます。<br />
<br />
今日は、1981年に発売された通算19枚目のシングルである「バレンチノ インフェルノ」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/Pn_1eb17G10" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
バレンチノ インフェルノ／浅野 ゆう子]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/488/" />
		<published>2013-05-18T20:58:28+09:00</published> 
		<updated>2013-05-18T20:58:28+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「若いふたり」- 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、北原 謙二の「若いふたり」のご紹介です。<br />
<br />
北原 謙二（きたはら けんじ、本名：北原 謙太郎（きたはら けんたろう）1939年10月8日 - 2005年1月26日）は、大阪府出身の歌手、俳優です。<br />
<br />
北原 謙二は、ジャズ喫茶で歌っていた事が縁で、鈴木栄治とブルーカーボーイズのメンバーとして上京します。<br />
そしてその後、コロムビアレコードのディレクターにスカウトされ、1961年に「日暮れの<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/487/" target="_blank">小径</a>(ひぐれのこみち)」で歌手デビューをします。<br />
<br />
代表曲には、「日暮れの小径」「忘れないさ」「若いふたり」「初恋は美しくまた悲し」「若い明日」「若い君若い僕」などがあります。<br />
<br />
今日は、その中から1962年に発売された、作詞：杉本夜詩美、作曲：遠藤実による「若いふたり」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/5gs3qBmd-ak" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
若いふたり／北原謙二]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<published>2013-05-18T17:44:50+09:00</published> 
		<updated>2013-05-18T17:44:50+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「ひまわりの小径」- 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、チェリッシュの「<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/444/" target="_blank">ひまわり</a>の小径」のご紹介です。<br />
<br />
チェリッシュは、愛知県出身の夫婦デュオで知られる歌手グループです。<br />
<br />
チェリッシュは、1968年に松崎好孝を中心に名古屋で結成されます。<br />
当初は4人組で、1970年に松井悦子が加入し5人組になりました。<br />
<br />
1971年、第一回全国フォーク音楽祭全国大会に出場していたところをスカウトされ、翌年の1971年に「なのにあなたは京都へゆくの」でデビューします。<br />
<br />
そして、1972年に松崎好孝、松井悦子のデュオとなります。<br />
<br />
1973年、「てんとう虫のサンバ」をリリース。この曲は彼らの代表曲となり、現在でも結婚式などで歌われる息の長い曲となっています。<br />
<br />
今日は、誰にでも親しめるメロディーと歌唱力で人気を博したそんなチェリッシュの通算3枚目のヒット曲、「ひまわりの小径」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/G8wWQlG1THw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
ひまわりの小径／チェリッシュ<br />
<br />
ちなみに、チェリッシュのグループ名の由来は、アメリカのソフト・ロックバンド、アソシエイション(The Association)の1966年の同名のヒット曲からとられました。<br />
]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<published>2013-05-17T20:36:00+09:00</published> 
		<updated>2013-05-17T20:36:00+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「私は忘れない」- 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、岡崎 友紀の「私は忘れない」のご紹介です。<br />
<br />
<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/372/" target="_blank">岡崎 友紀</a>（おかざき ゆき、本名：岡崎 友紀子、1953年7月31日 -）は東京都台東区浅草出身の女優、歌手です。<br />
<br />
岡崎 友紀は、幼少のころよりバレエを習い、最初は、子役として舞台やテレビに出演し、全国的な知名度を得ます。その後はさらに活躍の場を広げ、多くのドラマやバラエティ番組に進出し、1970年3月には歌手デビューを果たします。<br />
<br />
当時、人気のバロメータであったブロマイドの売り上げが、46ヶ月連続首位を記録し、また日本の芸能人に対して「アイドル」という呼び名が一般化したのは、同学年の吉沢京子と岡崎友紀の時代からと言われています。<br />
<br />
とりわけ、1970年9月よりTBS系で放送された学園ドラマ、「おくさまは18歳」(最高視聴率33.1%)でキュートなコメディエンヌとしての魅力が開花し、1970年代前半から中盤にかけて、国民的アイドルとして絶大な人気を博します。<br />
<br />
さらに作詞の才にも恵まれ、18歳シリーズの主題歌を始め多くの曲を「岡崎友紀」または「おくさまは18歳」の役名「高木飛鳥」のペンネームで作詞しています。<br />
<br />
今日は、そんな多才な岡崎有紀の曲の中から、1972年10月5日に発売された通算10枚目のシングルである「私は忘れない」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/y5RMCIyfidQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
私は忘れない／岡崎友紀<br />
<br />
この曲の歌詞は<a href="http://j-lyric.net/artist/a0009d5/l012e9c.html" target="_blank" rel="nofollow">こちら</a>。]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
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		<published>2013-05-17T19:21:56+09:00</published> 
		<updated>2013-05-17T19:21:56+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「哀愁でいと」 - 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、田原 俊彦の「哀愁でいと」のご紹介です。<br />
<br />
田原 俊彦(たはら としひこ、1961年2月28日 -）は、神奈川県横須賀市生まれの歌手、俳優、タレントです。愛称は「トシちゃん」。 妻はモデルの向井田彩子(むかいだ あやこ)。<br />
<br />
田原 俊彦は、1980年6月にレイフ・ギャレット(Leif Garrett)の「ニューヨークシティナイト(New York City Nights)」をカバーした「哀愁でいと」で歌手デビューをします。<br />
そして、1980年代のトップアイドルとして活躍します。ダンスのうまさも手伝い、ダンスビートにのせて踊りながら歌う、ポップスの男性アイドルとしての存在を明確にします。<br />
<br />
そして、第22回日本レコード大賞・最優秀新人賞、第11回日本歌謡大賞・放送音楽新人賞などを受賞。<br />
<br />
その後は「ハッとして!Good」「恋＝Do!」「ブギ浮ぎI LOVE YOU」「キミに決定!「悲しみ2(TOO)ヤング」と次々にヒットを飛ばすかたわら、「年B組金八先生」「教師びんびん物語」「看護婦日記 パートI」など多くのドラマに主演するなど、歌手以外に俳優としても大活躍します。<br />
<br />
今日は、デビュー曲である「哀愁でいと」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/_Zh0lqtUGk4" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
哀愁でいと／田原俊彦]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/484/" />
		<published>2013-05-16T19:29:33+09:00</published> 
		<updated>2013-05-16T19:29:33+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「君だけに」 - 名曲のご紹介</title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、少年隊の「君だけに」のご紹介です。<br />
<br />
少年隊（しょうねんたい）は、ジャニーズ事務所に所属する日本の3人組男性グループです。愛称は「ショーネン」。<br />
<br />
メンバーは、錦織一清（ニッキ：リーダー）、植草克秀（カッちゃん）、東山紀之（ヒガシ）です。<br />
現在、少年隊はジャニーズ事務所所属のアイドルグループの中で、最も古株でもあります。<br />
<br />
「少年隊」は、もともと彼ら3人を含めても当時まだ20～30人しか居なかったジャニーズJr.に対する総称でした。<br />
が、1981年10月6日からテレビ東京で始まった「ザ・ヤングベストテン」に合わせて、錦織・植草・松原の3名で結成されたグループ「Bチーム」が、後に「ジャニーズ少年隊」となり、翌年の1982年に、松原から東山にメンバーが入れかわって、現在の顔ぶれとなりました。<br />
<br />
グループ結成当初は、<a href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/485/" target="_blank">田原俊彦</a>、近藤真彦のバックダンサーとして歌番組やコンサートに出演するなど、レコードデビュー前から歌謡番組にも単独ユニットとして出演するなどしていました。<br />
<br />
デビュー曲は、1985年12月12日に発売された、「仮面舞踏会」。この時のキャッチフレーズは、「日本発、世界行」でした。<br />
<br />
また、テレビドラマに、映画に、そしてCMにと活躍する少年隊。<br />
今日は、その多くの曲の中から、1993年4月29日に発売された通算18枚目のシングルである「君だけに」をどうぞ。<br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/vgJ_4-0yZDo" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
君だけに／少年隊]]> 
		</content>
		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
	</entry>
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		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://musingbuff.blog.shinobi.jp/Entry/483/" />
		<published>2013-05-15T20:05:30+09:00</published> 
		<updated>2013-05-15T20:05:30+09:00</updated> 
		<category term="名曲のご紹介" label="名曲のご紹介" />
		<title>「危険なふたり」 - 名曲のご紹介 </title>
		<content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
			<![CDATA[今日は、沢田 研二の「危険なふたり」のご紹介です。<br />
<br />
沢田 研二(さわだ けんじ、本名：澤田 研二　1948年6月25日 -)は、鳥取県鳥取市生まれ、京都府京都市出身の歌手、俳優、作詞・作曲家です。ニックネームはジュリー。妻は女優の田中裕子。前妻は元ザ・ピーナッツの伊藤エミ。<br />
<br />
沢田 研二は、1960年代後半のグループサウンズ(GS)全盛期から活躍する歌手です。ソロとしてのシングル総売上は1,239万枚で、ザ・タイガース、PYG時代を含めると1,666万枚となります。<br />
<br />
1967年2月5日、シングル「僕のマリー」でデビュー。セカンド・シングル「シーサイド・バウンド」でブレイクし、「モナリザの微笑」、「君だけに愛を」で一気にグループサウンズ (GS) の頂点へと躍り出ます。<br />
<br />
とりわけ、端整な美貌の持ち主である沢田研二は、当時の10代の少女を中心に熱狂的な人気を博し、一躍国民的アイドルとなります。<br />
<br />
今日は、1973年4月21日に発売され、初のオリコン1位を獲得した「危険なふたり」をどうぞ。 <br />
<br />
<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/7RM6kYTYoyw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br />
危険なふたり／沢田 研二<br />
<br />
ちなみに、沢田研二のニックネームである「ジュリー」の由来ですが、これは沢田研二本人が女優のジュリー・アンドリュースのファンだったため、そこから取られたものです。<br />
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		<author>
            <name> Super源さん</name>
        </author>
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